心に青空

 雨が降ります 雨が降る
 遊びに行きたし 傘は無し
 紅緒(べにお)の木履(かっこ)も緒が切れた

 六月!梅雨の季節になりました。ちょっと考えてみましょう。もう一年の半分は過ぎました。コロナがやっと落ち着いたかな?・・・と思っていたところにオミクロン・・・新春を迎えましたがいつもの春と違います。顔を半分かくしたマスク。声が聴きとりにくくイライラした眉。不安そうな目。人に近付くことも集まることも出来ません。この雨降りの歌と同じです。一年間を「おまんじゅう」に例えてみましたら、あら・・・もう半分(六ヶ月)は食べてしまっています。あと半分残っています。あまりの世の中の変化にびっくりして、何を食べたやら、味も香りもわからなく食べてしまっております。残りの半分(六ヶ月)は、心を落ち着けて感謝して、味わって戴きましょう。

 このお天氣(梅雨)と人間の体は、不思議な関係があります。氣分が凹んでしまって、肩こり、腰痛、頭痛、関節の痛み、目まい、食欲不振、不眠となります。クヨクヨ、イライラ、悲しみ、恐れ・・・で「どうすりゃいいの・・・」と、やる氣もなく、だるくなり、むくんできます。そして、雨が降ります。雨が降る。昼も降ります。夜も降る・・・と心はマイナスに引き込まれ病人になってしまいます。病は氣から・・・と申します。

 さぁ!青い空を見ましょう。心に青い空を思い浮かべましょう。食事はちょっとスパイシーに。服装は、ビビットなカラーで。お風呂は、シャワーでなく、肩までゆっくり熱めに。いつまでも雨は降り続きません。時のめぐりです。

 梅雨の明け おお青空の 広いこと

五月の空

  屋根より髙い鯉のぼり
  大きなま鯉はお父さん
  小さいひ鯉は子供たち
  おもしろそうに泳いでる

 草木の新芽はぐんぐん伸びます、風薫る五月となりました。何があろうと、自然界はきちんとリズムを刻みます。私達もこの自然の大きな波にのりましょう。草木の新芽は伸び、光り輝きます。これと同じエネルギーが私達の体の中でも心の中でも働いています。何とありがたいことでしょう。寒い寒い・・・とちぢこまっていた体が伸び伸びとなったように心の中にたまっている「ゴミ」、不平不満や、ぐち、ねたみ、いかり、イライラ、セカセカ・・・を吹っ飛ばしましょう。まわりを見渡せば、新緑も、美しい花、大きな花、小さな花。赤も白も黄も紫の花も総出演で、これでもか、これでもか!・・・と私達を、明るく楽しくなるように誘っています。

 空を見上げれば青い空!!まさに五月晴れ!!鯉のぼりも元氣に泳いでいます。まさに天に登る鯉。大きな口を開けてみどりの風を吸っています。腹に不消化物はありません。「スッポンポン」です。不平不満も、おそれも、ぐちも、いかりもなくルンルンです。腹に色々つまっていては、大空を泳ぐことはできません。努力をして、どんなにもがいても、ズドン!とぶら下がります。風も通りません。宇宙のエネルギーも入ってきません。遠き私達の先祖もこの腹の中の「ゴミ」に困ったのでしょう。新しく生まれて来た生命に、青空を天に登るように人生を過ごしてほしい・・・と願ったにちがいありません。

 鯉のぼりの意味としては、中国では黄河の上流にある龍門と言う滝を、鯉が登ると「龍」になると言う登龍門伝説があります。日本でも、立身出世の象徴としました。子供が強く、伸び伸びと育ってほしいと言う願いをかけて「鯉のぼり」を揚げます。青空を、いっぱいの風を受け、天の恵みを受けて優雅に泳ぐ姿は圧巻です。天晴れ!あっぱれ!!

桜の花

 さくら さくら やよいの空は
 見渡すかぎり
 かすみか雲か 匂いぞ出ずる
 いざや いざや 見にゆかん

四月は桜の月で、桜の花には色々な思い出がありすぎます。思う事、書く事が多いので「桜の話しは止めにしてチューリップの話しにしようかな」・・・と娘に言いましたら「何を言っているの?桜の花を飛ばしたら駄目よ。梅と桃とくれば次は桜でしょ!」と叱られました。

  さまざまな事 思い出す さくらかな

 私は福岡県糸島市の山紫水明なる山里で生まれました。今の度、おかげさまで、八十八歳(米寿)を迎えます。幸せにも、八十八回目の桜の花に逢うことが出来ました。戦前も戦中も戦後も体験し一生懸命生きてきました。物の不足の時代、物にあふれた現在。みんなで集まって「ワイワイ」賑わったお花見。人に逢えない、集まる事の出来ない現在。人の心も、動向も、気候も変わりました。母が私の誕生日になると言っていた言葉があります。

 「あなたが生まれた4月17日は丁度桜見の日だったよ。お花見のお弁当を作って、風呂敷に包んで『さぁ!行ってらっしゃい』・・・と言ったあと、すぐ生まれたよ。」

・・・と。当時は、4月17日頃が桜の満開でした。今年は3月30日が満開でした。約半月はやく咲いています。少しずつ地球はあたたかくなっているのでしょうか?

 平成元年にピラミットハウスを建てました。その記念木に桜の木を選び、仲良くして頂いている山川紘矢・亜希子先生に植樹して頂きました。今では樹の高さ10m、樹の回り170cmでみごとな花が咲きます。私が重ねてきた日々、あんな事、こんな事、全部知っています。そして守ってくれています。コスモポートに来て下さいますお客様の肩にひらひら・・・と花びらが舞い降りています。「お幸せにね」「大丈夫よ」・・・とささやいているようです。

 さくらさん、ありがとうございます。

 どんな事に出逢ってもあわてないでくじけないでぐちらないで丸くゆっくりすこやかにの日々を重ねます。・・・と祈りました。

桃の花

 春の光りが照っています。待っていました春が来ました。

 春よ来い  はやく来い 
 歩きはじめた みいちゃんが
 赤い鼻緒の じょじょはいて
 おんもへ 出たいと待っている 

 みいちゃんばかりではありません。世界中の人々が外へ出たい。みんなに逢いたい。お話しをしたいなぁ・・・と待っています。我が家の庭には、桃の木があります。その桃の木には思い出がいっぱいです。赤い桃の花が一輪咲いた日は、孫の入学試験合格を一番に知らせてくれました。ひ孫が、予定日を過ぎてもなかなか産まれず、今か今か・・・と待っていたあの日-。桃の花が一輪ひらきました。あっ!今日は産まれる!!と思いました。女の子が産まれました。「桃」とは、木に兆(きざし)と書きます。兆(きざし)とは、草木が芽を出す、物事が起きる前ぶれです。今年は、どんな喜びを告げてくれるのでしょうか?花言葉はチャーミング、氣立てが良い、不老長寿、天下無敵、悪氣払いです。この事は、女性への尊敬の意味です。えっ!天下無敵とは!!話しは「古事記」から始まります。

 「イザナギノミコト」と「イザナミノミコト」は、日本の最初の夫婦として高天原の神様から誕生してこられました。この夫婦の神様は、いざない合って、淡路島をはじめ日本列島を生み、神を生み、万物を生み出されました。妻のイザナミノミコトは、火の神をお生みになった時、「大ヤケド」をされて命を落とされました。夫のイザナギノミコトは、嘆き悲しみ黄泉(よみの国、死の国)へ行きました。暗闇の穢(ケガレ)の世界でした。恐ろしくなり引き返しましたが、死の神が追いかけてきます。イザナギノミコトは、桃の木の下にかくれ、桃の実を投げつけました。みごとに悪氣払いをした桃の実です。

 今年はコロナ禍の中に戦争まで始まりました。

 世界地図広げ停戦祈る日々

 私達女性は、桃の花・桃の実になりましょう。追っかけてくる世の中の恐怖の渦に巻き込まれないで、チャーミングで氣立て良く、不老長寿で天下無敵の心意氣を持ちましょう。「素直で明るくあたたかく」の日々を重ねましょう。大丈夫です。春のあたたかい「光」はあなたにふりそそいでいます。

如月

 水仙の香りまっすぐ寒の空

 如月(きさらぎ)となりました。如月とは、寒さがきびしく、着物を更に重ねて着る月・・・と覚えていましたが、本当は「氣候が変わりますヨ」と言う意味だそうです。

 冬来たりなば、春遠からじ_

の事ですね。夜明け前の暗さと寒さが一番感じられるこの頃です。

 二月の花は「梅」の花。梅の花一輪一輪ほどのあたたかさ。春の光りが照っています。

 「人生は心ひとつのおきどころ」

 色々な事が起こりますが、「素直で明るくあたたかく」の心の根っこをしっかりと張りめぐらせて一日一日を大切に生き生きと楽しく過ごしましょう。

 「日本女性よ梅の花のように」_何と言う事を!!梅の花は、つい陽氣に誘われて咲く花ではなく寒風吹きすさぶ中で、「咲けよ!!咲けよ!!」・・・とささやく蝶々もハチもいないのに清らかに香しく凜と咲きます。この姿は、日本人のあこがれの美意識であります。「花言葉」は、不屈の精神、くじけない、愚痴らない、あきらめない、高潔の人、心が清らかで自分にとって利益があるか無いかでなく正しく選択する。

 花が咲けば実に成ります。かわいらしい丸々とした実をつけますが青いうちからちぎられて、頭から塩をふりかけられ、重石までされます。やっと重石がとれて、紫蘇でぽっと・・・紅に染められたのもつかの間。見る見るうちにしわくちゃおばあさん。それでも病気の人あらば・・・頭痛、胸やけ、下痢、便秘、五臓六腑を整えて、血液サラサラ、氣分爽快、これさえあれば大丈夫!!お呼びとあれば、運動会ピクニックにもお供いたします。

 梅の花の強さ、桜の花の美しさ、菊の花の氣高さ、色々の花のパターンを喜んでなりきってみましょう。二月は「梅の花」強さの裏にやさしさあり、やさしさの裏に強さあり。お見事、お見事!!拍手喝采!!!

お正月

 金粉の踊る御酒や寅の春

  明けましておめでとうございます。

 元旦の朝日の素晴らしかったこと!!思わず「アマテラスオホミカミー」と声が出ました。ふと、我にかえりまわりを見渡すと、梅のつぼみはふくらみ、葉を落としてしまっている桜の木はつややかに光っています。足もとでは、十月十日に種を播いたグリンピースは芽を出し背伸びをしています。やがて花を咲かせ、プチプチの実にするために力を出しています。

 今年は寅の年だ!!「虎」だ!!

 オロオロした生き方ではなく、堂堂とした日々を送ろう!「寅は千里を行って、千里を帰る」と言います。寅は家族を大事にします。千里を行っても家族のために千里を戻って来るのです。親と子の絆の強さ。体の強さがあります。寅は、自分の子供を非常にかわいがり手元から離さないものです。そこで「トラの子」と言います。これはお金のことでもあります。これを見習って、私達は「子育て」をりっぱにしていきたいと思います。何と申しましても子は宝です。大変な世の中だとみんなが言います。この「風」を子供に当ててはいけません。育つ子供には、希望が必要です。大らかに育ってほしい!!元気な体と心を作っておけば、きっときっと良い事が待っている。

 ・・・とあたたかくはげましたいと思っています。子供は、大人を見ています。真似をするのです。どのような世の中になっても、変わってはいけないものが三つある。それは、愛と感謝と汗(行動)です。この三つを守れば、免疫力がアップします。「笑(え)ガオーッ!!」になります。笑顔!!この「笑(え)ガオーッ!!」には病気や災難も不況もふっ飛ばす魔力が秘められているのです。

 あっぱれ!天晴れ!!

 よりすこやかであられますように祈っています。

年の瀬

 もうお正月?そうです。今年の一年は速かったぁ!

 おすこやかであられますことと心からおよろこび申し上げます。

 今年を振り返ってみましょう。異常気象に経済不況、コロナ、オミクロン。ちょこちょこ起こる地震等々で足が地につかずオロオロ・・・とした浮き草の日々でした。羽根は伸ばされず、みんなの笑顔はマスクで消えました。何も出来ずに、ボーッと過ごしました。私は、何も前進しなかった事に氣がつきました。

 自然界を見渡すと、きちんとしたリズム感です。芽を出し花を咲かせ、しっかりと実を結び、せっせと春を目指して力をつけています。じっと佇む私に、植物さん達がささやきました。「あわてなさるな」「落ちつきなされ」・・・と。

「そうだ!」

新しい年は「あわてないで、くじけないで、ぐちらないで」おだやかに堂々とした日々を重ねよう。世の中の風潮に流されないで体を大切にして、自分で考え、自分の足でしっかり歩こう。世の中は大きく変わるのだ!その波にのりながら光りを見つけよう。それには、どんなに小さな事でも、心の中から感謝をして、喜びを見つけ「ありがとうございます」と言ってみましょう。そうしたら心がほっと・・・します。その時に私達の心と体の中からパワーが出ます。これこそ免疫力アップです。

 佳き年をお迎えになられますようにお祈り申し上げます。

照る紅葉

 散歩道 小さな草も 実をつけて

 野も山もすっかり紅葉しました。道端の草も、名も知らぬ草も小さな実がキラキラ光っています。あの、夏の炎天にも負けないで、小さな花を咲かせて今、晴れの舞台で実を結んだのです。めでたし、めでたし。

 大きい木は大きいなりに、小さい草は小さいなりにそれぞれに何事もなかったように、季節を重ねていきます。私達も、自然界の移ろいの中で「丸く ゆっくり すこやかに」過ごしたいと願っています。しかし、ここ二年間は、コロナ禍で生活の全てが落ち着かず、不安の中で「オロオロ」とした根なし草でした。もう、ここでしっかりと根をおろさねばなりません。来年も、このつづきになってしまいます。お互いに、それぞれに自分のできる事で力を発揮しましょう。

 さて!どこから手をつけたらいいの?・・・と迷います。一番の早道は「愚痴」を言わない事です。「コロナ」のために、あんな事も出来なかった・・・。こんな事もしたかったのに・・・。愚痴が多くなりました。もう終わった事は終わった事です。サラリ!と思い切りましょう。私達の心は「二つの心」が出たり入ったりしています。それは、積極的な心と、消極的な心です。

 積極的な心とは、何事も明るくとらえて、あれはあれで良かった・・・と一歩前進です。

 消極的な心とは、何事も暗くとらえて、ああでもないこうでもない・・・と自分をせめ、相手をせめます。

 選ぶのはあなたです。

 命の炎を積み上げる積極の心の人になりますか?命の炎を消す消極の心の人になりますか?どんなことがあろうとも、命の炎を積み上げる人になろうではありませんか!!

 一寸先は光です。

 私達の先祖は、色々な事を体験し、発展させ「光のバトン」を渡してくれています。その「バトン」をしっかりと受けて「愚痴」る心でなく「素直で明るくあたたかく」の心の根っこを張らせて次の時代へ「光のバトン」を渡しましょう。

澄み切った空

 すっかり秋になりました。あの暑い夏はどこへ行ったのだろう。涼しい風がスーッと通り抜けます。木の葉は、うっすらと黄ばんでいます。

 さて!空は、いつの間にやら秋の空です。広い青空に雲が斜めに流れ、空の天井が抜けたように高く感じます。天高く馬肥ゆる秋・・・と言うことばを思い出します。もう一言!!「男心と秋の空。」いいえ「女心と秋の空。」どちらが本当か?論争が絶えないところです。

 秋の空は、七回半変わるそうです。それは、晴れをもたらす移動性高気圧と雨を降らせる温帯低気圧が交互に通過するからだそうです。私たちの心もこれと同じですね。晴れ、曇り、嵐、高気圧と低気圧が通過すれば終わりです。人間の心はそう簡単にはいきません。恨み、ねたみ、愚痴も不平不満も、意地やつっぱりも色々な感情がもつれ合い、泥沼になり、争いになります。青い澄み切った空を見ないまま、月日を重ねます。これが、不幸の始まり、病気の原因になります。私さえ「がまん」すれば無事に終わる・・・の自己犠牲が又、次の悩み、恨み、愚痴へと根は深くなります。これが今までの私たちの生き方でした。

 新しい生き方。新しい時代の波が来ました。思った事は、はっきり口に出すおけいこ。聴いたらそれを、理解する深い心を持ち、対立でなく和合し、発展へと向かうおけいこです。

 高気圧は、高気圧で向かう道があります。

 低気圧は、低気圧で行く先が違います。

 さらりと別れて、晴れ渡った、澄み切った空になります。うらみ、ねたみ、イライラ、クヨクヨは古い意識です。意識のランクを上げるチャンスです。今年もあと、三ヶ月余りとなりました。心を整えましょう。さぁ!晴れ渡った空「清澄」に学びましょう。

 心晴ればれ、体すっきり、頭ハッキリ、秋の空

つながり

 世の騒ぎ スイスイスイと 盆トンボ

 コロナ禍のオリンピック。猛暑に大雨・・・。氣持が落ちつかないこの頃です。月日の流れははやく、もうお盆です。スイスイスイ・・・と盆トンボが飛んでいます。私が子供の頃おばあさんから聞きました。「お盆になったら亡くなった方がトンボの背中にのってかえってこられるよ」と。つぶやきながら遠い彼方を見上げておられる姿を思い出します。

 私も、もうおばあさんになりました。孫達に伝えなければ・・・あぁ、あの世もこの世もつながっているのだ。

 「倶会一処」(くえいっしょ)

 この世の命が終わるとお浄土に生まれます。先にお浄土にかえられた御先祖様と、また会わせて頂ける。つながりのうれしさ。

 「つながる」「伝える」「つゞける」

 今、私達にとって大事な事は「つながり」を大切に生きることではないでしょうか。ひとりぼっちは淋しいね!ひとりぼっちじゃないんだよ!現代の「つながり」と言えば、SNS、スマホ・・・世界の果てまでも、瞬時につながります。話しも出来る、文章も読める、映像も見られます。もの凄い事です。しかしこれでみんな幸福でしょうか?スマホを見ている人は、家の中でも、歩いていても、みんなうつむいています。本当のつながりとは何でしょう。手と手、目と目、言葉と言葉、心と心がつながることです。これが出来れば、心が豊かになり、笑顔が出ます。笑顔が出れば、免疫力が全身に湧き上がります。うつむいていては、大空も虹も見えません。

 トンボのめがねは水色めがね 青いお空をとんだから
 トンボのめがねはキラキラめがね お天道様を見てたから

 私達も氣晴らしにお空を見上げよう。青いお空にぽっかり白い雲が浮かんでいます。さぁ!みんなでつながろう!幸せになるんだよ!・・・と伝えよう。それをずっとつゞけていこう。きっときっと、すばらしい愛と光りに満たされます。